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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12485号 判決

原告(反訴被告) 株式会社 中川

被告(反訴原告) 妙高工業株式会社

主文

1  被告は、原告に対し一〇、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年三月五日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は、本訴、反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告(反訴被告)(以下単に原告という。)

主文同旨の判決、および第一項につき仮執行の宣言を求めた。

二、被告(反訴原告)(以下単に被告という。)

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  原告は、被告に対し、一、五八一、八一五円およびこれに対する反訴状送達の翌日である昭和四二年一一月二五日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、本訴、反訴とも、原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告の本訴請求原因

1  文具事務用品の販売を業とする原告は、昭和四一年八月五日、ビニール文具製品の製造ならびに販売を業とする被告との間で、磁石開閉式筆入(通称「チヤクレス」)を販売するについて、被告は両者間で協定した小売価格の一〇〇分の四五以上の価格をもつて第三者に販売するものとし、被告が右約定に違反した場合には、原告に対して一個について右小売協定価格の二倍の損害賠償金を支払う旨の約定をなした。

2  そして原告と被告は、右「チヤクレス」の小売価格を次のとおり協定した。即ち、

(一) 昭和四〇年八月中旬頃、絵模様のない赤、ブルー、又は緑色のビニール布地製「チヤクレス」について小売価格を一個あたり二八〇円。

(二) 同年一一月上旬頃、「不思議な国のアリス」、「おやゆび姫」、「ロデオボーイ」の絵模様のあるビニール布地製「チヤクレス」について小売価格を一個あたり二八〇円。

(三) 同年一二月上旬頃、「スポーツカー」の絵模様のあるビニール布地製「チヤクレス」について、小売価格を一個あたり二八〇円。

3  しかしながら、被告は、前記約定に反し、昭和四二年一月二三日頃訴外河合産業株式会社に対し右「チヤクレス」総計四、七〇〇ダース(五六、四〇〇個)を、一ダースに付八〇〇円(一個あたり約六七円)で売り渡した。

4  これによつて原告は、前記約定により、被告に対して三一、五八四、〇〇〇円の損害賠償金請求債権を取得したので、このうち原告が被告に対して負担する前記各種「チヤクレス」買掛金債務一、五八一、八一五円を控除した残額三〇、〇〇二、一八五円の債権について昭和四二年三月四日到達の書面で支払を催告した。

5  よつて原告は、被告に対し右催告ずみの債権の内金として一〇、〇〇〇、〇〇〇円および右書面到達の翌日である昭和四二年三月五日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、本訴請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。しかし、後記抗弁1のとおり、原告主張(一)ないし(三)の各「チヤクレス」は請求原因1の約定の対象から除外されていた。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実のうち、原告の支払催告の書面が到達したことおよび被告が原告に対し一、五八一、八一五円の売掛代金債権を有することは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5の事実は争う。

三、被告の抗弁

1  原、被告間の昭和四一年八月五日の約定(以下、本件約定という。)は、同年七月頃から被告が新しいデザインで製作をはじめた「チヤクレス」(以下、新製品という。)のみを対象とし、それ以前に製作されていた旧デザインの「チヤクレス」(以下、旧製品という。)は除外することが了解されていたものである。そして、被告が訴外河合産業株式会社に売り渡した「チヤクレス」はいずれも旧製品の在庫分であるから、本件約定による拘束を受けない。

2  仮に旧製品も対象とされていたとしても、本件約定は巨額な違約金による制裁の下に被告の第三者への販売価格を規制しているばかりでなく、販売先も同約定に示された特定六社に限定され、しかも特定六社への販売分については原告に対して一・二パーセントの金員を支払うことが義務づけられている。これらの制限を通じてみれば本件約定は、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下、独禁法と略称する。)第二条七項四号に基づく昭和二八年公正取引委員会告示第一一号(以下、一般指定という。)の八のうち「正当な理由がないのに、(中略)相手方とこれから物資、資金、その他の経済上の利益の供給を受ける者との取引(中略)を拘束する条件をつけて当該相手方と取引すること」もしくは同号の七「相手方が正当の理由がないのに自己の競争者に物資、資金その他の経済上の利益を供給しないこと(中略)を条件として当該相手方と取引すること」および同号の一〇に各該当し、全体として同法第三条に違反する。よつて、右約定は私法上無効である。

3  仮に独禁法に違反しないとしても、本件約定は、被告の取引行為を不当に拘束するものであるから、公正な自由競争を原則とする「公の秩序」に反することになり、民法第九〇条に該当し無効である。

4  本件約定は、本来「チヤクレス」の実用新案権の実施に関する契約をなしたものであるため、右実用新案権の存続期間内のみを有効期間と約した。そして右実用新案権についてはいまだ公告もなされていないのであるから、有効期間の始期は未到来である。

5  仮に、以上の主張が認められないとしても、原告の本訴請求は権利の濫用である。即ち、原告は、昭和四〇年八月九日の「覚書」協定当時被告に対して月々四、〇〇〇ダースの「チヤクレス」を買付ける約束を口頭でしていたにもかかわらず、その発注をしなかつたため、原告の約束を信頼して生産計画をたてていた被告にはいわゆる旧製品の在庫が増大した。しかるに原告は、本件約定成立后はいわゆる新製品を市場に流したため、旧製品はいよいよ売れず、被告が販売を許された特定六社も、原告との約定による価格では容易に買つてくれない事態になつた。一方原告は訴外利見商事などに約定価格より安く売却し、自己の損失を最少限にくいとめている。このような事態にあつて、被告が旧製品の在庫を処理するためやむを得ず安売したことをとらえ、一手販売権を有する原告が予定賠償金を請求するのは著しく信義に反し、不当である。よつて、原告の本訴請求は権利の濫用というべきである。

三、抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、本件約定中に違約金(損害賠償予定)、販売先指定、一・二パーセントの金員徴収の各条項が存在することは認めるが、その余の点は否認する。本件約定は、後記再抗弁のとおり実用新案の登録を受ける権利を共有する者相互間の、右共有権を円滑に実施するための商品の製作、販売に関する合意であり、独立当事者間の自由競争を拘束するものではない。

3  同3の事実は否認する。本件契約は、実用新案の登録を受ける権利を共有する者が、共同の事業として「チヤクレス」の製造と販売をわかち合つたもので、卸売価格の抑制も両者の共栄を図つたもので、何ら公序良俗に反しない。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は争う。原告が一ケ月四、〇〇〇ダースずつ発注することを約束したことはない。

四、原告の再抗弁

仮に本件約定が一般指定の八に定める不公正な取引方法に外形上は該当するとしても、右約定は実用新案法による権利の共有および行使に関する当事者双方の権利義務を形成するために締結されたものであり、いわば取引の客体に固有な性質によつて形成された相手方拘束にすぎない。したがつて右拘束は正当な理由に基づくものである。すなわち、

1  磁石開閉式筆入「チヤクレス」は原告会社が考案し、実用新案登録を出願し、昭和四〇年八月九日原被告会社間で、「原告会社は被告会社に右「チヤクレス」の製作を依頼する。被告会社は原告会社の承諾なくして右「チヤクレス」を第三者に販売してはならない。」ことを骨子とした協定を「覚書」の形式で交した。(以上これを「覚書」協定という。)

2  ところが、被告会社代表者も、右と同種の考案を自分の考案として、実用新案の登録を出願していることが後になつて判明し、原被告会社間で利害を調整する必要が生じた。

そこで、双方で各自出願した権利は、いずれが設定登録を受け得るか未定の状態であるから、これをいずれも原被告会社の共有とし、「チヤクレス」は両者の共有となつた右権利に基づく商品であることをお互に確認した上で、その製造および販売について取り決めたのが本件約定である。したがつて、右出願のうち原告会社の出願はやがて拒絶の査定を受けたけれども、被告代表者が出願した考案に関する権利も原被告会社の共有となつているものである。

3  本件約定を含む右の取り決めは、本訴請求原因記載のほか次のような骨子のものである。

(一) 「チヤクレス」は被告会社のみが製造し、原告会社が製造しまたは第三者をして製造させる場合は被告会社の承諾を必要とすること。

(二) 「チヤクレス」には原告会社の登録商標である「チヤクレス」を附けること。

(三) 「チヤクレス」は原則として原告会社が一手販売すること。ただし、原告会社は、被告会社が訴外株式会社ユニオン外五社(以下、特定六社という)に「チヤクレス」を販売することを承諾する。

(四) 被告会社は特定六社への販売数量に応じて一定の金員を原告会社に支払うこと。

4  右のとおり、本件約定は、実用新案登録を受ける権利を共有する者相互の間で、同権利に係る商品「チヤクレス」の製造、販売方法を双方の企業内容に適合するように合理的に取り決め、その遵守を保障するために設けた損害賠償額の予定である。すなわち、右権利の共有者はお互に深い関係を持ち、ことに製造権を独占した被告会社が不当に安売りするときは、原告会社を倒産に追い込むことすらできるので、右取り決めによつて、被告会社の特定六社への販売権を認めるに当つて、筆入卸売業界の相場に従い、原被告会社間で「チヤクレス」の卸売価格(いわゆるメーカー価格)を小売価格の一〇〇分の四五と協定し、この遵守を求めたものである。

被告会社が原告会社に支払う一・二パーセントの金員は、右取り決めによる「チヤクレス」商標使用の対価であつて、なんら不当な拘束ではない。また原告会社への納入価格が小売価格の一〇〇分の四〇であることも、右商標使用料や宣伝費、運搬費等の販売諸経費が節減されることを考えれば、決して不当なものではない。むしろ製造を専門としてきた被告会社は、販売面においては業界にさしたる地盤、信用を持つていなかつたので、喜んで右取り決めに応じたものである。

5  そもそも、本件約定が独禁法第二条第七項四号および一般指定の八に該当し無効であると主張するのであれば、その拘束の不当性は権利発生障害事由の要件事実として被告が立証すべき事実である。

この点はさて措くとしても、本件約定は共有者間の地位の対等化を図るうえで必要不可欠なものであり、右約定による相手方に対する拘束は、同約定の取引の客体である実用新案登録を出願中の権利の共有関係から生ずるものであるから、取引に固有な、共同事業者に対する拘束であり、独禁法が禁じているような公正な競争を阻害する不当な取引制限ではない。本件約定によつて一般消費者の利益が害われるものでないことは、前述の価格協定の内容が固定的なものでないこと、製造権を有しない原告会社としては納入価格をできるだけ安くしようと願う立場にあること、納入価格の引下げは即小売価格の低下である仕組みからみても明らかである。

五、再抗弁に対する被告の答弁

1  再抗弁1の事実のうち、原告主張のような内容をその一部としたいわゆる「覚書」協定が昭和四〇年八月九日成立したことは認めるが、その余は否認する。

「チヤクレス」の考案について原告会社が示したものは、「磁石を利用したかばん、袋物類を作つたらどうか」という素朴なアイデアにすぎず、この着想を具体的に工夫し、止金の部分を弾力的にし、衝撃によつて開口することのないようにするなどの新規性のある考案を施し、商品化したのは被告会社である。このことは、原告会社の実用新案願昭和四〇年第一四、一五四号が、いわゆる想像出願として昭和四二年三月頃拒絶の査定を受けているのにひきかえ、被告代表者名義の昭和四〇年第二三、八一九号出願は現在なお審査中であることからも明らかである。

2  同2の事実のうち、被告代表者も実用新案の出願をしたこと、原告会社の出願は拒絶の査定を受けたことおよび原被告会社間で出願中の権利を共有とし、製造、販売についての取り決めをしたことは認めるが、本件約定が成立をみるに至つた動機は否認する。

被告代表者名義の出願は昭和四〇年四月以前であり、未だ本件約定はもちろん「覚書」協定すら成立していなかつたのであるから、右出願が判明して本件約定締結に至つたということはあり得ない。事実は、自分の出願が抽象的な内容のもので拒絶の査定がなされることを予知した原告会社が、被告会社の経済的苦境に乗じて、被告代表者名義の出願にかかる権利の共有者となることを図り、本件約定の締結を誘つたものである。

3  再抗弁3の事実は認める。

4  同4の事実は全部争う。

被告会社は、本件「チヤクレス」の開発に一〇〇万円強の費用を投じ、「覚書」協定の際には、原告会社の承諾なしには第三者へ販売しないことおよび製品粗悪の場合は被告会社が責任を負うことを認めた代償として、磁石を使つたことが原因で「チヤクレス」が売れない場合は原告会社が責任を負い、原告会社は月々四、〇〇〇ダースを買い取ることを約束させた。この買取義務を文書化することについては合意に至らなかつたが、口頭で確約されたものである。「チヤクレス」は昭和四一年一月中頃から売れ行きが悪化し、原告会社は月二、〇〇〇ダース位しか買い受けず、ために被告会社の在庫は同年五月頃には六、〇〇〇ダース位に及んだ。在庫の増大は、宣伝の拙劣など原告会社の責任分野に属する原因に基づくものであるのに、原告会社は約定数量の買取を履行せず、被告会社は資金繰りに窮するに至つたので、原告会社に対して買取義務の履行および被告会社の販売先選択の自由化を要求したところ、原告会社はこれに乗じて本件約定を押し付けたものである。

原告は、本件約定が実用新案登録を受ける権利の共有者間の合意であることを強調するけれども、独禁法適用上重要なことは、契約当事者が共有者同士か単独権利者と第三者かという法的形式の相違ではなく、被告会社が製造業者、原告会社が卸商(問屋)であり、本件約定の本質が製造――卸売――小売という通常の商品流通経路を拘束し公正な競争を妨げるおそれがある点にある。このことは、本訴請求そのものが被告会社の安売りによつて「チヤクレス」の小売価格が値くずれしたことを契機として提起された事実からみても歴然としている。

5  独禁法第二条七項を承けた一般指定の七および八の規定の形式から言つても、取引拘束の正当な理由の存在は本件約定を有効と主張する原告に立証責任があるものと解すべきである。実質的にみても、拘束条件につき取引には一般的に言つて「正当な理由」を積極的に認める根拠に乏しいものである。

再抗弁5のその余の事実も争う。

本件における卸売価格(メーカー価格)を小売価格の一〇〇分の四五とする規制は一応原被告会社の双方を拘束する形式になつているが、実際は、被告会社が特定六社に納入する「チヤクレス」には原告会社が予め発行する小売価格を印刷したシールを貼付することが義務づけられており、原告会社が小売価格をも規制する効果を挙げている。

要するに、本件約定を含む原被告会社間の取り決めは、全体として、販売総本舗の原告会社がその優越的地位を利用して倒産の危機に直面していた被告会社を相手どり「覚書」協定を自分に有利に改定させ、被告会社に対する拘束を不当に強めて「チヤクレスの」卸売価格を管理し、販売先を限定したものであるから、独禁法に違反し無効である。

六、被告の反訴請求原因

1  被告は、原告に対し、昭和四一年一二月五日から昭和四二年二月二四日まで別表記載のとおり各種「チヤクレス」を売り渡し、合計三、三四二、三一八円の売掛代金債権を有しているが、右のうち、約定割戻金三四、一〇七円、入金一、五九〇、六六八円、返品分一〇、八三七円を控除して、未払代金債権一、七〇六、七〇六円が残つている。

2  よつて、被告は、原告に対して右代金債権のうち、原告が本訴において自認する一、五八一、八一五円およびこれに対する年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

七、反訴請求原因に対する原告の答弁

1  反訴請求原因1の事実について、原告が被告に対し合計一、五八一、八一五円の「チヤクレス」残代金債務を有することは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2の事実は争う。

八、原告の抗弁

原告は、前記一のとおり、被告に対し約定損害金三一、五八四、〇〇〇円の請求権を有するところ、原告は昭和四二年三月四日到達の書面で被告に対し右債権をもつて本件反訴請求債権と対当額において相殺する旨意思表示をした。

九、抗弁に対する被告の答弁

原告主張の書面の到達の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、昭和四一年八月五日、原、被告間で磁石開閉式筆入(通称「チヤクレス」)の販売について、右両名間の協定小売価格の一〇〇分の四五以上の価格をもつて販売することとし、右約旨に反した場合には協定小売価格の二倍に相当する予定損害賠償金の支払をなす旨の約定(以下本件約定という。)が成立したこと、右両名は原告主張のとおり各種「チヤクレス」についてそれぞれ一個あたりの小売価格を二八〇円とする旨の協定をなしたこと、被告は昭和四二年一月二三日頃訴外河合産業株式会社に右「チヤクレス」を一ダース八〇〇円(一個約六七円)で四、七〇〇ダース販売したこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二、1 前示争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証、乙第三号証、証人百々重雄の証言、原告会社代表者、被告会社代表者の各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

原告会社は、文具事務用品の卸販売を業とするものであり、被告会社はビニール文房具の製造ならびに販売を業とし(以上の点は争いがない)、とくに筆入り製造がその中心であつた。原告会社では、昭和四〇年二月頃磁石を利用した錠機構を筆入に取り付ける新しいアイデイアの筆入を着想し、その実用新案登録の出願をなす一方、訴外利見商事株式会社を通じ被告会社にその商品化と製造を依頼し、とくに開発スタツフとして筆入の販売業界に明るい利見商事を加え、また企画専門の訴外株式会社プランメーカーズには委託料を支払つて商品化を急ぐことにした。被告会社は、原告会社の右依頼を受けて、とりあえず技術的に磁石を利用した場合に収納物が衝撃によつて容易にとび出さないような錠機構を完成させるべく研究を行い、永久磁石に対応する鉄片の止金を遊動できるように支承することを考案し、右考案について同年三月二七日被告会社代表者個人の名義で実用新案登録の出願をなすとともに、開発スタツフの間で右錠機構を備えた筆入の形状、大きさ等を研究し、やがて筆入試作品を完成させた。そこで両者は、右磁右開閉式筆入を商品化して大量に製造、販売することとなり、営業上の話合が行なわれ、被告会社はプラスチツク型代その他の原料費、ならびに新製品の生産体制を整えるための設備投資、人件費等を具体的に検討し、また原告会社は文房具業界の一般的な取引条件等を考慮して生産数量、小売価格を検討し、その結果同年八月九日、両者間に右磁石開閉式筆入(「チヤクレス」)の製造ならびに販売について次のとおり合意が成立し、「覚書」が交された。即ち、原告会社は、実用新案出願中の「チヤクレス」の製作を全て被告会社に委託することとし、また被告会社は、右製品について原告会社以外には原告会社の承諾を得なければ他に販売することはできないこととし、右製品が磁石を使用したことにより市場性がない場合には原告会社がその損害を負担し、その他の製造技術に原因があつて市場性がない場合には被告会社がその責任を負うものとすることを約した。これにより、被告会社には「チヤクレス」の製造を独占的に担当し、また原告会社はその販売権を独占的に取得した。右「覚書」作成の際に、被告会社は、技術開発ならびに設備投資に要した費用を早期に回収するためには毎月四、〇〇〇ダースの発注がなければ困難であることから、右「覚書」に原告会社の月当り四、〇〇〇ダース買付義務を明記するよう強く要求したが、原告会社は、一般の新規商品(筆入)の一シーズン(九月から三月までの筆入が売れる期間)あたりの販売数量が三、〇〇〇ダース程度であることを考慮し、四、〇〇〇ダースの買付義務を負担することは到底できないとしてこれを拒んだ。その後、前示争いのない事実のとおり、両者間で「チヤクレス」の小売価格が協定された。以上の事実を認めることができる。被告会社代表者本人尋問の結果中、「チヤクレス」の月当り四、〇〇〇ダース買付の合意が成立したとの点は、たやすく措信できない。他に右認定を左右する証拠はない。

2 前示一の争いのない事実と、成立に争いのない甲第二、三号証、乙第二号証の一ないし五、証人宮尾久人、同百々重雄、原告会社代表者ならびに被告会社代表者の各本人尋問の結果、および検証の結果(第一、二回)を総合すると、以下の事実が認められる。

原告会社は、「覚書」協定成立後、被告会社に二、〇〇〇ダースの発注を行つた。しかしその頃、被告会社が「覚書」協定に反して大阪の西村某より「チヤクレス」の注文を受け販売しようとしていることが判明し、原告会社の怒りを招いた。そこで原告会社、被告会社および西村の三者が協議したところ、被告会社は「覚書」の約旨に反したことを陳謝し、西村は、被告会社との販売契約を原告会社を通じて行うものとして、結局原告会社は西村の発注分三、〇〇〇ダースを合わせて被告会社から買い受けた。その後、原告会社は、被告会社が一定の設備投資を行つていることをも考慮し、月々約三、〇〇〇ダースの発注を続けたが、買い受けた「チヤクレス」は必ずしも全部売却することができず在庫が累積していつた。一方、被告会社では、設備投資を回収するに必要であるとして月四、〇〇〇ダースの生産を続けたため、原告会社に買取られない製品在庫が増大した。そのため原告会社は、被告会社、利見商事株式会社とも協力して、在庫品を売りさばくため、昭和四一年二、三月にはテレビによる広告、宣伝を行つたが、右宣伝による販売効果は小売店の滞貨を減少せしめたものの、原告会社、被告会社らの在庫品を減少せしめるまでには至らなかつた。このため、被告会社は、新学期に入り筆入の販売のシーズンが終る同年四月頃には、「チヤクレス」の製造を中止していたが、原告会社では、利見商事株式会社に引渡している分を含めて在庫品が約六、〇〇〇ダースにのぼり、被告会社でも八、〇〇〇ダースの在庫品を抱えていた。被告会社は、その後原告会社に在庫品の引取方を要望していたが、原告会社においても在庫品をかかえ、この処理のためには景品等をつけて売り出さなければならない状況にあつたため、被告会社の要望に応ずることができなかつた。一方同年七月頃、被告会社は新たな筆入販売シーズンを迎えるにあたり、新しいデザインによる「チヤクレス」(新製品)の製造を開始するようになつた。そこで両者は協議を重ねた結果、同年八月五日、次のような「実用新案実施等に関する契約」(本件約定を含む。以下、本件実施契約という。)を成立させた。即ち、両者間で(イ)、原告会社と被告会社が実用新案登録の出願中の「昭和四〇年実用新案願第一四一五四号」および「同年実用新案願第二三八一九号」の権利をそれぞれ共有とし、(ロ)、原告会社が右実用新案登録出願中の権利にかかる商品(「チヤクレス」)を製作させるときは、被告会社を通じてのみ行うこととし、被告会社の承諾なしに第三者に製作させてはならず、また、磁石付の類似商品を取扱うこともできない、(ハ)、被告会社が「チヤクレス製品を販売するときは、株式会社ユニオン外五社の特定の者に対して行うことができるが、その場合には原告会社の発行する小売価格を印刷したシールを貼布する、なお、右販売先に支障があるときは被告会社は原告会社の承諾を得て販売先を変更できる、(ニ)、原告会社は被告会社の製作する「チヤクレス」を買受けることを約し、その単価、数量については別途契約する、(ホ)、双方は、「チヤクレス」を販売する際、卸売価格を小売価格の一〇〇分の四五以上とする、(ヘ)、右(ロ)、(ハ)、(ホ)の約旨に反した場合の損害賠償金の予定は一個につきその小売価格の二倍とする、(ト)、本契約有効期間を登録出願の公告期間を含めて一〇年間とする、以上の趣旨の合意をなした(右(ト)の部分、(ロ)のうち類似商品取扱禁止以外の部分、(ハ)のうち六社特定の部分、(ホ)の部分、(ヘ)のうち本件約定部分はいずれも当事者間に争いがない)。右実施契約の意図は、従前の「覚書」協定を前提として、これを双方が競合して実用新案登録の出願を行つている事態に鑑み、双方の製造と販売の分担に関する約定を、右出願中の権利を共有することを中心としてさらに具体化する一方、被告会社の旧製品の在庫品(当時、六、〇〇〇ダース)を消化するために原告会社以外の特定六社をも販売先として許容するとともに、ダンピングによる「チヤクレス」商品全体のイメージダウン、値くずれを防ぐため、双方とも小売価格の一〇〇分の四五以上の価格をもつて卸販売するとの規制を行つたものであつた。

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 前示一の争いのない事実と成立に争いのない甲第三、四号証、甲第七、八号証、乙第一号証、証人佐々木浩一、同宮尾久人の各証言、原告会社代表者ならびに被告会社代表者の各本人尋問によれば、以下の事実が認められる。

原告は、被告との間に新しい前示実施契約が成立した後被告会社に対し、前示(ニ)の約定にもとづき、昭和四二年三月末日までの「チヤクレス」買受品種、数量について、新製品のみ一二、〇〇〇ダースの買受けを約束した。

しかし、被告会社は、旧製品の在庫については原告からの発注もなく、また新契約によつて許容された特定六社に販売しようとしても、前示(ハ)の約定のとおり原告会社の発行する「ヒント」と表示したシールを貼布してあるため被告会社が直売するかぎり正規のルートの商品として取扱つてもらえず、その処理に困惑した。そこで被告会社は、旧製品の在庫について原告が引き取ることを要望しつつも、資金の回収に窮し、昭和四二年一月二三日頃、訴外河合産業株式会社に旧製品「チヤクレス」四、七〇〇ダースを一ダース当り八〇〇円の価格で販売した。そのため、河合産業株式会社を通じて市場に出された「チヤクレス」は、正規の販売ルートによる商品よりも著しく安い、一個当り一五〇円程度の小売価格で店頭に並べられ、「チヤクレス」の市場に混乱を招き、販売元である原告会社には各小売店からの返品が相つぎ、さらには「チヤクレス」商品自体の信用をそこねたため、新製品であつても小売業者は買取を躊躇する事態を招くに至つた。一方原告会社も、昭和四一年一〇月頃、訴外吉秀株式会社に、前示(ホ)の約定より幾分低い価格で販売したことがあつたけれども、これについては予め被告会社の書面による承諾を得るなど、低廉な価格による販売がもたらす市場の混乱の危険については慎重な配慮を行なつていた。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三、以上の事実にもとづいて、被告主張の抗弁について判断する。

1  被告は、本件約定は「チヤクレス」のうち旧製品を対象から除外し、新製品のみを対象とする旨の了解がなされていたと主張するが、そのように認むべき証拠は証人佐々木浩一の証言、被告株式会社代表者本人尋問の結果以外にはない。しかし、前示事実によれば、そもそも双方の旧製品「チヤクレス」の在庫を処分することが新契約締結の動機の一つであつたのであり、そのために被告会社が独自に販売することができる特定六社の指定をなしたというのであるから、当然本件約定は旧製品をも対象としていたものといわなければならない。この点に関する証人佐々木浩一の証言ならびに被告会社代表者本人尋問の結果は措信できず、被告の主張は排斥をまぬがれない。

2  次に被告は、本件約定が独禁法第二条七項四号にもとづく昭和二八年公正取引委員会告示第一一号一般指定の七および八に該当するから、同法第三条により無効である、と主張し、原告はこれを争う。

(一)  たしかに本件実施契約によれば、被告会社が原告会社以外の者と「チヤクレス」の販売を行うことについて、原則として前示(ハ)の特定六社以外の者に販売してはならない拘束を受け、さらに右六社に販売するときも原告会社が発行する小売価格を印刷したシールを貼布すべきものとされ、その卸売価格も右小売価格の一〇〇分の四五以上へ規制され、これらの拘束によつて自ずから、特定六社を経由した「チヤクレス」の小売価格が原告会社の手を経て市場に出廻つたものよりも極端に低廉になることを阻止することが意図されていたことは否定できない。そして、本件約定はこの意図を実効あらしめるために設けられた損害賠償額の予定であることは明らかである。

したがつて、本件約定を含む本件実施契約は、被告会社の製品販売先を特定六社に限定し、かつこの場合の卸売価格(メーカー価格)を原被告会社間の協議により定めた小売価格(シール表示価格)の一〇〇分の四五以上と定め、この条項に違反した場合の損害賠償の予定条項として本件約定を設けることによつて、原告会社の競争者に対する「チヤクレス」の供給を制限し、かつ需要者の一部である特定六社への供給価格をも規制するという拘束条件をつけた継続的取引契約であり、主として販売面における公正な競争を阻害するおそれがあるものと言わなければならない。

(二)  ところで、独禁法第二条七項四号およびこれをうけた一般指定の七および八等に抵触する契約は、少くとも当該契約に基づく義務の履行を裁判上請求し得ないという意味においては、これを無効なものと解するのが相当である(独禁法第三条、第一〇二条参照)。そこで本件実施契約における右拘束の正当性について判断することとする。

一般指定の七および八に定める「正当な理由」の立証責任について原被告の見解は対立するが、拘束を援用しその有効性を主張する行為者側に「正当な理由」の存在を立証すべき責任があるものと解すべきである。けだし、一般指定の七および八に掲げられた行為は、独禁法第二条七項本文ですでに「公正な競争を阻害するおそれがあるもの」であることが要件となつているのであるから、これをうけた一般指定の七および八に言う「正当な理由」とは、当該行為が競争を制限するおそれがあるとしてもなお社会的経済的にみて保護に値する合理性がある場合を考慮して、かかる合理的な理由が存在する場合に限つて独禁法による規制から除外する趣旨を明示したものと解釈することができ、実質的にみても、競争を阻害するおそれのある拘束を積極的に有効と主張する者に、独禁法の法意を考慮してもなお拘束を有効とすべき事由を立証する責任を負わせるのが妥当と考えられるからである。独禁法第二条七項四号は、単に「不当に拘束する条件をもつて」と規定するにとどまるけれども、「正当な理由の不存在」を相手方に立証させる法意に出たものとは解されない。

(三)  すでに二1、2で認定したとおり、「チヤクレス」開発のきつかけは、磁石を利用した開閉機構を筆入に取り付けて商品化する着想を原告会社が持ち、その具体化を被告会社に依頼したことにあり、開発に成功した後、「覚書」協定を結び原被告会社間で販売と製造を分担した際排他的受入条項を設けたのも、このような開発に至る過程での原告会社の役割および原告会社は文具事務用品の問屋で新規開発商品の発売元に相応しい地位にあつたことから自ずと取り決められたものであることは、証人百々重雄の証言および原被告各会社代表者尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば明らかなところである。

このように一手販売契約(排他的受入約款)が、新規開発商品を市場に売り出すために生産者が発売元となる卸売業者(問屋)の資力、信用、販売技術に頼らざるを得ない経済的事情に基づき、かつ、発売元としても販路拡張のための資本投下その他の出捐を敢えてした危険に見合う開拓者利潤を追求することに社会的にみて合理性があつて締結されたものであるときは、他に特段の事情がないかぎり、これを有効とすべき正当な理由があるものと解するのが相当である。

なお、本件「覚書」協定について右特段の事情の存することを窺うに足りる証拠はない。

本件実施契約は、右「覚書」協定の成立後に、競合する実用新案出願による原被告会社間の関係の調整と被告会社の在庫処分の促進という双方の必要性から、「覚書」協定の改訂として進められた折衝の到達点にほかならない。すなわち、第一の問題については、双方の権利のいずれをも共有とし、いずれが設定登録を受けても原被告会社間の製造と販売の分業という基本的関係には変動を及ぼさないように配慮すると共に原告会社は類似商品を取り扱い得ないものとして相互排他約款性を明らかにし、第二の問題の解決策として、排他的約款を緩和し、特定六社を販売先に加え、かかる緩和措置の採用に伴つて起ることのあるダンピングの防止およびダンピングによる商品イメージの低下によつて蒙る原告会社の損失の補償として、卸売価格の協定ならびに本件約定のごとき損害賠償額の予定が合意されるに至つたものである。したがつて、右実施契約は販売先および販売価格において被告会社を拘束するとは言うものの、その実質は排他的受入約款の緩和に伴う保障措置にほかならないところ、本件にあつては、すでに右排他的受入約款を伴う「覚書」協定を有効と認むべき正当な理由が存在するのであるから、右実施契約中の本件約定もまた有効なものと解さなければならない。けだし、「チヤクレス」の新規開発商品性、原被告会社の製造、販売の分担関係といつた客観的事情、主観的事情は、本件実施契約当時においても変動が認められないから、前協定の排他的受入約款を有効とした正当な理由は本件実施契約についても異ならないからである。

(四)  被告は本件実施契約は一般指定の一〇にも抵触すると主張するけれども、すでに判断したとおり右契約は、不公正取引を禁じた独禁法第二条七項四号、一般指定の七および八の規定に照らしてもなお有効なものと解すべき正当な理由があるから、本件約定をもつて不当に不利益な条件を課したというのは当らない。本件約定による損害賠償の予定額が高額であることも、前示二2のとおり被告会社には一手販売約款違背の前歴があり、原告会社としては同約款の緩和に伴い再度の違約を防ぐ必要があつたことおよびダンピングによる商品イメージの低下による発売元の損失は将来に及ぶもので正確な評定が至難な事柄でもあることを考慮すれば、あながち不当なものではない。

右の判断を覆えし、本件実施契約をもつて正常な商慣習に照らして相手方に不利益な条件を課したものと認めるだけの証拠はない。

3  また被告は、本件実施契約が独禁法違反でないとしても、自由競争を阻害するので公序良俗に反し無効であると主張する。しかし、右に判示したとおり、実用新案登録を受ける権利の共有者の間で、同考案に基づく新規開発の商品の製造、販売を取り決めた右契約は、私的独占ないしこれにつながる不公正取引を禁じた独禁法の趣旨を考慮してもなお有効と認むべき正当な理由があるものであるから、右契約による拘束は私的自治の域内にあり、公序良俗に反するものではない。

4  被告は、本件実施契約は実用新案権の存続期間内のみを有効期間としたものであるところ、同出願は未だ公告すらなされていない、と主張するが、甲第二号証の記載に「この契約の有効期間は公報期間を含め一〇年間(特許有効期間)。」との文言があるとはいうものの、前示事実のとおり、本件実施契約はそれに先立つ「覚書」協定をひきつぎ、もともと実用新案登録出願中の権利にかかる製品の製造、販売に関する約定であつて、実用新案権の発生(設定登録)をまたず当事者を拘束することを前提としているものであり、契約締結の動機が被告会社の当面する旧製品在庫の処理にあつたことからみても、特別に始期を設けたものとは考えられない。前示文言は本件実施契約の効力の終期を明示したものと解すべきであり、被告主張のように、本件実施契約の有効期間の始期を設定したものと解することはできない。他に被告主張の事実を認むべき証拠はない。(かえつて、被告代表者名義で出願した本件考案は昭和四三年二月二七日付で実用新案出願公告昭和四三-四四九五として公告されたことは前掲乙第三号証によつて明らかなところである。)

5  さらに被告は、原告の本訴請求は信義則に反し、権利の濫用であると主張する。被告会社は、本件契約締結当時、約六、〇〇〇ダースの旧製品「チヤクレス」の在庫を抱え、その処理に窮していたが、原告会社からはその発注がないうえ、いわゆる特定六社も原告会社を通じない販売にはたやすく応じないところから、やむをえずダンピングを行つたものであることは前示事実からも窺われるところである。しかしながら、被告が原告会社の態度をもつて信義に反すると断ずる所以は、原告会社が一手販売権を有しながら約束の月間四、〇〇〇ダースの発注を行なわなかつたというにあるところ、前示事実のとおり、被告会社は月四、〇〇〇ダースの生産、販売を強く希望したけれども、原告会社では従来の筆入の販売実績にかんがみ、到底右数量は引き受けられないとしてこれを拒んでいたことが明らかである。そして、被告会社に右のような在庫が生じたのも、成功を急ぐあまり販売実績にうらうちされない安易な生産計画を樹てたところに原因の一半があつたとも考えられ、にわかに被告が主張するように原告会社に不信義があり、それが原因となつたとは認めることができない。むしろ、原告会社が本件約定によつてかなり厳重な損害賠償額の予定を定めたことは、「チヤクレス」商品全体の信用を維持し、将来にわたつての営業の見通しを確保するために、もともと算定困難なダンピングによる営業上の損害を保障せんとしたものというべく、しかも、被告会社は前示二2のとおり「覚書」協定後いくらもたたないのに同覚書で定めた一手販売の条項を冒し、原告会社に内密に大阪で「チヤクレス」を売り捌こうとする不信行為を働いており、かかる前歴に鑑みて、原告会社が再度の契約を防止する機能をも加味して、排他的受入条項を緩和する代償として本件約定を要求したからといつて一概には不当といえないところである。そして、被告会社の河合産業株式会社に対するダンピングにより、「チヤクレス」商品全体の業界における信用が失墜し、原告会社に対して小売業者から返品が増大し、あるいは旧製品のみならず新製品の売れ行きにも大きな障碍になつたことを考えれば、原告の本件損害賠償予定金の請求をもつて権利の濫用であるとはいえない。被告の右主張も排斥を免れないところである。

四、そうすれば、被告が、本件約定に反して訴外河合産業に対し「チヤクレス」四、七〇〇ダース(五六、四〇〇個)を一ダースあたり八〇〇円(一個あたり六七円)で売り渡したことにより、一個あたり右「チヤクレス」の小売価格二八〇円の二倍に相当する、総額三一、五八四、〇〇〇円の損害賠償予定金の支払義務を原告に対して負担することは明らかである。そして被告(反訴原告)が本件反訴請求として主張する「チヤクレス」買掛金債務一、五八一、八一五円の存在については当事者間に争いのないところであるが、原告が昭和四二年三月四日到達の書面で被告に対し、右買掛金債務について前示損害賠償予定金債権をもつて相殺する旨意思表示し、あわせて右損害賠償予定金債権残額三〇、〇〇二、一八五円について支払の催告をなしたことも当事者間に争いがない。したがつて、原告は被告に対し三〇、〇〇二、一八五円の損害賠償金債権ならびに右金員に対する前示催告の翌日である昭和四二年三月五日より支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があること、被告の反訴請求にかかる売掛金債権は前示相殺により既に消滅していることが明らかである。

五、よつて、原告の右損害金債権の内金一〇、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四二年三月五日より支払済までの遅延損害金の支払を求める本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、被告の本件反訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は、相当でないので、これを附さない。

(裁判官 渡辺忠之 山本和敏 大内捷司)

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